遺産相続を専門とする弁護士なら誰でも、リビングウィルを作成するよう勧めるでしょう。これは、万が一判断能力を失った場合に、どのような医療処置を受けたいか、あるいは受けたくないかを事前に定めた文書です。これは非常に重要です。多くの場合、これが安らかな最期と、長引く最期の分かれ目となります。すべての成人が作成すべきものです。
しかし、リビングウィルは、その性質上、人生の「終わり」について語る文書です。それは、「この体がもはや自分自身で意思表示できなくなったとき、どうなるのか」という問いに対処するものです。それには、その後に続く、そして何十年も続く問い――「この人はどんな人だったのか」――については触れられていません。
「リビング・レガシー」は、その問いへの答えです。これは法的文書ではありません。裁判所に提出されることも、弁護士による公証を受けることもありません。最もシンプルな形では、それは人生の記録であり、本人の言葉で、本人の声で語られ、その記憶を後世に伝えてくれる人々に向けて書かれたものです。
近年、資産相続計画の業界では、「倫理的遺言」や「レガシーレター」と呼ばれるものを取り入れ始めています。これらは、人が自身の価値観や信念、そして金銭的資産と共に伝えたい知恵を綴った文書です。これらは価値あるものです。しかし、これらは通常、口頭ではなく文章で書かれるため、声という要素が欠けています。そして、あらゆる悲嘆療法の専門家が指摘するように、遺族が最も懐かしむのは、まさにその「声」なのです。
「生きた遺産」とは、この「倫理的遺言」と「記録」を組み合わせたものです。それは手紙ではなく、対話です。文書ではなく、存在そのものです。祖父母が亡くなってから何年も後に生まれた孫であっても、それでも祖父母と向き合い、質問をし、答えを聞き、写真ではなく生身の人物と出会うことを可能にするものです。法的文書は遺産を管理します。しかし、「生きた遺産」こそが、最も重要な遺産なのです。
手遅れになる前に
録音しないまま過ごす毎日が、語られることのない物語となります。今日からご家族の声を残し始めましょう。必要なのは、たった一本の電話だけです。
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