その気まずさは紛れもないものです。生きている親と向かい合い、この世を去った後に残す遺産について話すことは、どういうわけか、親の目の前で時計の針を刻々と進めているような気分にさせられます。まるで、その記憶を保存するという行為自体が、保存されるべきものがもうすぐ終わりを迎えるという暗黙の承認であるかのように。大人の子供たちのほとんどがそう感じています。そして、ほとんどの人はその話題を口にすることはありません。

しかし、見方を変えるのは簡単で、しかも効果的です。親の物語を記録することは、死についてのことではありません。それは愛についてのことです。今よりも親のことをもっと深く知りたいという願いについてのことです。そうでなければ失われてしまうであろう知恵を、自分の子供や孫が受け継げるようにすることについてのことです。この視点――つまり正直な視点――で提示すれば、ほとんどの親は抵抗するのではなく、感謝の気持ちを示してくれるでしょう。

アプローチが重要です。最悪なのは、形式的な宣言です。「あなたが亡くなる前に、あなたの人生の物語を記録したいのですたとえ優しい口調で言ったとしても、これは不適切に受け取られます。つながりではなく、死を主眼に置いているからです。

より良いアプローチは、意図ではなく好奇心から始まります。「最近、あなたのことを考えていたんです。あなたの人生について、私が知らないことがたくさんあるな、と。あの[具体的なこと]について、話してくれませんか?」これはインタビューではありません。互いに愛し合う二人の会話であり、その一方がずっと注意を払ってきたという関係です。特別な機会も特別な機材も必要ありません。録音モードにした携帯電話を、二人の間のテーブルに置くだけで十分です。

もしご両親が乗り気でないようでしたら、まずは小さなことから始めてみてください。写真アルバムは、最も確実な入り口の一つです。「この古い写真の数々を、一緒に見て回ってくれませんか? 私が何を見ているのか教えてください」。大がかりなプロジェクトの重圧を感じることなく、ほとんどの人がこれなら応じてくれるでしょう。そして、一度話し始めれば、自然と大きなプロジェクトへと展開していくものです。

この会話は陰鬱なものではありません。これは二人ができる最も親密な行為の一つであり、機会が失われる前に、相手を完全に理解しようとする真摯な試みです。その精神で提案すれば、ほとんどの場合、贈り物として受け取られるものです。

手遅れになる前に

記録を残さない日々は、語られることのない物語となりかねません。今日からご家族の声を残し始めましょう――必要なのは、たった一本の電話だけです。

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